グループに属することと孤独死

阪急電車改札前の一コマです。

かなりご高齢の方々とお見受けしましたが、
でも足腰はしっかりしているようです。
今からどこかに出かけようとしているわけですから! 😕

でもどこへ? そして、どのようなグループなのか?
おチュウには判然としません。

軽装で、帽子をかぶっている人も結構いて、
男女比に偏りもなく、改札近辺で集合 ‥‥
最寄りの駅まで移動しハイキングのようなものでしょうか。

けっこうな人数からすると、
何か共通の目的のもとに集合しているはず。
それに右端で旗を持っている人も同類の服装の老人だから、
旅行会社のツアーではなさそうです。

一番考えやすいのは、

かなりご高齢の方々とお見受けしましたが、
でも足腰はしっかりしているようです。
今からどこかに出かけようとしているわけですから! 😕

でもどこへ? そして、どのようなグループなのか?
おチュウには判然としません。

軽装で、帽子をかぶっている人も結構いて、
男女比に偏りもなく、改札近辺で集合 ‥‥
最寄りの駅まで移動しハイキングのようなものでしょうか。

俳句などのカルチャー教室の集まりで、
実地で詠まれた場所を探訪するとか ‥‥。 🙄

先日放映されたテレビで孤独死をいかに防ぐかという番組を思い出しました。
こういう集まりって効果的なのだろうか?
ふと思いました。

でも、こういうのって自分の意思だし、
趣味とか興味が一致しなければ集まることもありません。

そのためにはなにかに好奇心を持ち継続するということも、
重要な要素なんだろうと思うわけです。

しかしそもそも周囲に知人がどれだけいたとしても、
人間どこでどう最後を迎えるかわかりません。

つまり死んですぐに発見されるかどうかの問題なのです。
でもそれは死んだ後の話で、
当人にはもはや関係のないもの。

そう考えると個人だけで片が付かない、
もっと深いものがあるなあと感じた次第です。 😥

 

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