何かの啓示と受け取るべき?

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長文です。

つまらない話ですが、毎朝出勤していたころ、通勤路に24時間営業の居酒屋がありました。早朝なのになぜか決まって数人の客がいて、こちらを見ながら酒を飲んでいるのです。そして、おチュウを見てご苦労ちゃまっていうかなんというか、余裕かました視線を送って来るのです。

うらやましく感じました。そして、いつか引退した暁には立場を変えて、あそこで酒を飲んでみたい。そう思うようになりました。実に小さな願望です。おチュウという小さな器がそうさせるのでしょう。

月日がたち、やっと定年退職しました。が、実行に移せず時間が過ぎ —–。でも一度でいいから、そう思い、ついに決行に移しました。今日はゆうチュウもいないことだし —–。満を持して、今朝その居酒屋に行ったのです。時計を見ると、午前六時。しかし、店頭に何やら張り紙が ——。

本日定期清掃につき午前六時から九時まで店を閉めます。だってさ!

24時間営業、すなわち一年間休みなしという思い込み。おチュウの硬直化した脳みそでは、定期清掃なんて、どこほじくっても出てきません。

悔しいので、近くの朝食屋によってビール飲んですぐ帰りました。それがこの写真です。

しかし、こんな事態になるとは想定外です。世の中計画通りにはいきません!

昨夜はノーベル文学賞受賞者の発表でした。村上氏が今年こそ受賞かと囁かれておりましたが、ボブ・デイラン氏が受賞。完全にノーマークです。おチュウの頭には氏の名前なんかあるはずもありません。

いや、ひょっとしてこの時点で賢い人ならば、今朝の件は何かの啓示として感じ取ることができたのかも知れません?

所詮、おチュウは川面を泳ぐ雑魚にすぎないということでしょう。深淵に潜む大魚にはなれないということなのです。ということだけは、なんとなく悟りました。

 



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