新しくなったバス停

しばらくは工事中で、

少し離れたところに仮設のバス停がありましたが、

いつの間にか出来上がっていました。

 

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屋根が広くなり、

雨露はしのげるかもしれません。

以前は壊れかけた長椅子が置かれているだけで、

時々おじさんが寝ていましたが、

このベンチでは横になるのは無理でしょう。

 

広告スペースを広く取り、

収入も得ようとするしたたかさも見られ、

戦略が垣間見られます。

 

かなり無駄をなくし洗練された形態なのかもしれません。

が、おチュウたちの期待は別のところにありました。

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今バスがどのあたりにいるのかを、

知らせてくれる表示のあるバス停が、

この沿線にはいくつもあるのですが、

そういった機能はこのバス停にはありません。

 

どこかで渋滞するとバスが遅れます。

すでに行ってしまったと勘違いして歩いていると、

うしろから遅れてバスがやってきて

追い越して行ったこともよくあるのです。

 

贅沢言うときりがありませんが、

見た目より乗る側の立場で作って欲しかったと思った次第です。


本日もつつがなく

今日はゆうチュウといつもの焼き肉へ、

その流れで

これまたいつものショットバ―へ入りました。

 

カウンター席に座り、

「生ビールください」

ゆうチュウは ”何とかモカ?”(名前忘れました)

とにかくコーヒー注文

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外を見ると、

天神橋筋商店街を行き交う人々

窓越しに店内を見る人もいれば、

ひたすら前を向き足早に通り過ぎる人も

今日も人多いなあ

その昔 閑古鳥鳴いていた商店街とは思えません。

 

今年もあと一か月余りとなりましたが、

おチュウたちは昨年もここに座り、

行き交う人々をこうやって眺めていたのを、

ふと思い出しました。

 

一年という時間はあっという間だったのかもしれません。

が、

冬 →春 →夏 →秋

一つずつ出来事を挙げていくと、

結構いろんなことがあり、

一年という時間の重みをしみじみ感じた次第です。

 

横では、

ゆうチュウがひたすら語り続けていますが、

おチュウは酔いも回り半分意味がよく分からなくなるも、

たぶんこの光景は来年も続くのだろうと

次第に熱を帯びる姿を見ながら思ったのでした。


薬師寺における残念な景観

先日 薬師寺を訪れたときのことです。

玄奘三蔵院伽藍を拝観し、

次の白鳳伽藍へと行く途中、

連絡口があり、

崩れかけた壁(写真)を目にしました。

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所々ではがれ、

このままでは近い将来確実に崩壊するでしょう。

如何にも長い年月放置されてきたように見えます。

なぜ修理しないのかと思った次第です。

 

荘厳で鮮やかな金堂や大講堂などもちろん見事な建造物ですが、

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境内すべてのものを含んでの薬師寺であって、

内外の観光客は文化財だけを見に来るわけではありません。

薬師寺の境内にあるすべてがいにしえの雰囲気と仏教に触れる対象のはずです。

おチュウは強く思いました。

 

予算がない?

しかし、あれだけ壮大な建造物を改築できる予算があれば、

せめてこの土塀の壁ぐらい塗り替えるのは可能では?

結構な拝観料も払いました。

捻出できるはずです。

いや捻出して欲しい!


吹き溜まり

とある北風の強い日

公園横の歩道を歩いていると、

落ち葉が大量に集まっていました。

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いわゆる

吹き溜まりを形成しています。

 

本来は、

夏場働いた木々の葉っぱが、

その役目を終えて、

来るべき冬に備えるため、

木が身を切って体から振り払ったものです。

 

でもその落ち葉たちは、

風に乗り一か所に集められたのちも、

長い年月をかけ土に戻り、

腐葉土となって、

再び木々の成長を別の形で支えて行くのですが、

 

このように舗装された路面の吹き溜まりでは、

葉っぱたちは、

これで上がりとなり終わりです。

ただのゴミなのです。

 

これでは、

木たちも夏場働いてくれた葉っぱたちを

秋になり用がなくなると、

身の安全のためにただ切って捨てただけとなり、

木自身へも養分として循環してくることなく、

いずれ土も痩せて、

木自身も痩せていくのかもしれません。

 

おチュウは、足元に捨てられた葉っぱたちの

行く末を思い、

もっと葉っぱたちの力を発揮できる仕組みがないものか、

そう考えていました。


ルーティーン

最近 にわかに耳にすることが多くなりました。

ラグビーのせいでしょう。

 

英単語を覚えていた高校時代

変な言葉だと思ったものです。

「日常お決まりのこと」とか、

今一つピンと来ない日本語訳でした。

 

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ところで、

ルーティーンは平常心や心の安定をもたらしてくれます。

しかし、

マンネリとは裏返しでもあり、

現状を打破するとか革新などとは

ときに対極に近いところに位置するものかも知れません。

 

いずれも、

人生において大切なことであるのは、

今さら語るまでもないことではありますが、

 

ついつい、

人はルーティーンに甘んじてしまいますね。

何も考えなくていいですから!

でも考えないところに進歩はないですからね。

 

朝起きて、

トイレに行き、顔を洗い、そしてめしを食う —–

こんなこともう何十年も無意識に ——

明日は、

めしを食い、顔を洗ってからトイレに行ってみようっと、

 

それがどうした?

それが現状打破ですか?(← 天の声)

 

まあいいじゃないですか

変わろうという意識が大事!