今年も余すところ ——-

早いものです。

気が付けば本日で2016年も終了

明日になれば、新しい年がやってきます。

やり残したことも多くある気もしますが、もう遅い。

こうしている間にも、時は刻一刻と無情にも過ぎて行くのです。

まあ、やり残したことがあっても来年やればいいじゃないか!

おチュウ的楽観主義がすぐもたげてきます。

結局一生やることもなく終わってしまうのは、なんとなくわかっているのですが —–

これじゃあストレスの溜まりようもない

こういう体質で過ごしてきた一年でした。そして来年もこの調子でゆるく生きていきたい。

これが本年最後、おチュウの締めの言葉です。

皆さんどうも有難う。 こんなブログに付き合ってもらって

では良いお年を!

 



野球の未来

少年野球の人口が減少傾向にあり、サッカーに人気で抜かれてしまったといわれる昨今です。

そういわれると、なぜかサッカー少年の方がかっこよく見えてしまいます。

不思議なものです。

 

でもこのように、少年時代から日々の練習に打ち込む姿を見るにつけ、まだまだ野球少年もいるんだとおじさん世代はうれしくなってしまいます。

 

是非将来の阪神タイガースを背負って立つ選手に育ってほしい。

心からそう願うおチュウです。

 

しかし、どこまで走るのかふと考え込んでしまいました。

グラウンドまで?

そうだとすれば河川敷まではまだずっと先の先。

到着するころにはバテバテになっているのでは?

いや若いんだ! これしきの事で

ついついおチュウは自分の体力で物事を考えてしまうようになってしまっています。

老いていく立場と、成長していく立場の違い

そういうことです。


太陽光としみ

おチュウも歳と共に顔にしみが目立つようになってきました。

太陽の光を浴びないように多少は気を使っています。

おじさんが今更そんなとお思いの方々。

おチュウもそうは思いますが —–

 

ところで良く晴れた朝のことです。

放射冷却で冷え込みが厳しく、底冷えのする日でした。

 

大川遊歩道を歩き橋のたもとにやって来ると、

ハトが一羽、太陽に向かってじっとしています。

太陽熱を吸収し寒さで冷えた体を温めているところなのでしょう。

野生はじつに厳しい

そう実感する瞬間でもあります。

 

そういえば以前テレビで

南海の孤島ガラパゴスのイグアナだったかコモドドラゴンだったか忘れましたが、

朝、太陽に当たり夜のうちに冷えた体を温めてから狩りに出る様子が放映されていたのを思い出しました。

彼らは変温動物だからより深刻でしょう。

 

たぶん生物にとって、太陽光は恩恵の方が多く、おチュウのしみは大した問題でもないのでしょう。


師走の蕎麦屋にて

まだ年越しそばではありません。

ゆうチュウと立ち寄ったいつもの蕎麦屋でのことです。

寒風吹く昨今でありますから、おチュウは暖かいかき揚げ蕎麦を注文。

定食にするとご覧のようにおにぎり二個と温泉卵がつき、

これで結構満腹になります。

 

ふと横の席を見ると、

年のころは七十後半かと思われる婆さんが二人向き合い話し込んでいます。

テーブルには酎ハイの大ジョッキー二つ

熱のこもった会話の真っただ中

 

おチュウたちはそばに集中し食べ終わり、

次に横の席を見た時はすでにジョッキーは空になり、

ざるそばが運ばれていました。

そして豪快に蕎麦が口の中に消えていく途中でありました。

 

このように年老いても元気な体でいたい!

そう思うおチュウでありますが、

婆さんが二人でちょっと立ち寄り、ぐいっとアルコールを流し込める大阪の町も面白いとつくづく感じたものでした。


クリスマスの翌朝

裏天満です。

おチュウはいつもの病院へ薬を貰いに行き、界隈を歩いていました。

すると、すでに正月飾りの一式を売る露店ができているではないですか

 

ほんの半日前にはクリスマスのチキンを売っていた辺りが

朝日がのぼるとすでに正月の雰囲気が漂っている。

その変わり身の早さに、日本の否大阪のすごさを垣間見たのです。

やはり商売の町は健在でした。

ここには余韻に浸るなんて、そんなゆるあまの時間的余裕なんかありません。

一つのことが終われば、その瞬間次の商売に瞬間移動しているのです。

 

おチュウは大阪の人々の底流にあるエネルギーのすごさを実感し、

東京志向が強まり、衰退する大阪の将来を憂う昨今の風潮を一蹴してしまうような感覚を覚え、

少し安心しうれしくなりました。