緑への憧れ

緑の少ない大阪の町です。 🙄
街路樹以外あまり緑のものに出会うこともありません。

しかし、高い所から見渡すと、
あちらこちらでビルの屋上に緑を見ることができます。

緑を求めるのは人間の本能なのかもしれません。
部屋の中でもほんの少し植木や草があれば、
それだけでなんとなく落ち着きます。 😀

科学技術の発達は自然との距離をもたらしましたが、
かえってその重要さに気付く機会を与えてくれたのかもしれません。

安らぎとか優しさとか人間の根幹にかかわる精神活動において、
緑は人を支えてきたのでしょうか。
そうでなければわざわざビルの屋上に林を作るわけありません。

 

肩身の狭い建物

けっこう広い交差点で信号待ちです。

ふと向こう側に目をやると、
ビルの谷間にひっそりと2階建ての木造家屋が ‥‥ 😯
心なしか傾いているようにも見えます。

新築当時は周囲も似たような高さの建物だったのでしょう。
しかし月日がたち時代が変わり見回すと、あれれ?
うちだけですやん! てな感じかな  😳

いつの間にか高層ビルが建ち並び
いつの間にか存在感がなくなり、
すっかり埋もれてしまったようです。

特に歴史的重要建築物的要素もなさそうです。
つまり単に古いだけ?
周囲のビルたちはすべて上から目線 ‥‥ 😕

そろそろ潮時かもしれません。
近未来のおチュウの姿を感じてしまい、
ちょっと親近感を覚えたわけです。

 

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アルミ缶不足のニュースにおじさんたちを思う

カナダの話ですが、
米国との貿易の小競り合いでビールのアルミ缶が不足しているらしいのです。

日本ではそのような話は聞きませんが、
ふとアルミ缶を回収するおじさんたちを思い出しました。

真夏の暑い日や真冬の凍てつく朝でも、
毎日大きなビニール袋いっぱいにアルミ缶を入れ
路地から路地へと空き缶を捜し歩いているのです。 😕

でもあの袋いっぱいに集めても大した金額にはならないはずです。

コスパの悪さに思うところのあるおチュウではありますが、
アルミ缶回収をして生計を立てざるおえない姿を目の当たりにして、
生きていくことの厳しさを垣間見る瞬間でもあります。

しかし結果として、
アルミ缶のリサイクルに貢献していることになり、
多少なりとも日本を底辺から支えているともいえるのですが、
多分おじさんたちにはどうでもいいことなのでしょう。 🙁

 

今日も僧は街角に立つ

なかなか住みづらい世の中ではあります。
混迷する世情や人間関係の煩わしさなど、
ややもすると気がめいりそうになることも多々あります。

そんな悩み多き人たちに向かい、
今日もひたすら経を唱える僧がいるのです。 😯

JR天満駅前のパチンコ屋の片隅で、
どこからともなく出没しひたすら経を唱えつづける。

以前もこのブログ(2016.07.27)で紹介しましたが、
あれから2年の月日が過ぎました。  😕

その間、世に病める人は少なくなったのでしょうか?
少しでも人々が楽しく暮らせる世になったのでしょうか?

僧が今日もなお祈り続けている姿は、
それらに対する解答を端的に表しているのかも知れません。 😕

 

 

インバウンド対応でむずかしいこと

ここ数年大阪では外国人旅行客が急増しています。
ブログでも何度か紹介しましたが、
それに伴い新たに出現した課題もありそうです。

日本国内にはいろんな決まりがあり関連する装置がありますが、
外国人が何を知っていて何が分からないか?
個々に違うことが予想され面倒な話です。

知らないものはわかるように説明すること、
これが観光立国である限り重要でなのは明らかです。

しかし、どこまで説明すれば十分なのか?

そして、すぐに分かるように完結明瞭に説明できているか?

何か国語で説明すれば十分か?
大事なことばかりです。

でも余計な説明もあるかもしれません。
説明したがために混乱してしまうようなこと。

写真は歩行者用ボタンですが、
おチュウの知っている限り、
ここは押しボタンを押さなくても信号は変わります。

多分歩行者の少ない深夜の場合だけ有効なのかもしれません。
その説明も必要では?
うーん、これで十分かの判断はむずかしいものです。