見慣れぬ地名(ざっしょのくま)

太宰府天満宮に参拝し、

帰りの電車でのこと、

見慣れぬ駅名に遭遇し、

思わずシャッターを押しました。

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関西人にとっては、

それはもう不思議な駅名の連続です。

 

しらきばる ← かすがばる → ざっしょのくま

 

九州では

原(はら)ばると読むことが多いとは、

聞いていました。が、

しらきばるかすがばる と連発

これはまあ 白木原春日原 でしょう。

昔はこの辺りは原っぱだったのかも

 

しかし、——–

ざっしょのくま

これ何?

「ざっしょ」はそうざんしょ

「くま」は

そんな訳ないよねえ

解決の糸口さえつかめません

 

駅の料金表で確認してみると、

雑餉隈

地名の漢字がわかっても、意味が分からん!

 

後で由来調べてみました。

どうやら、この辺りは

かつて食堂や食に関連した店が軒を並べる複雑に密集した場所だったようです。

 

また一つ賢くなりました。

何かに役立つのかなあ? この知識は



招き猫と張子の虎

 

先日旅先の太宰府天満宮参道脇の土産物屋で、

景気よく手を振り続ける招き猫が気に入り、

購入しました。

リビングに飾っています。

ソーラー式で、

明るいうちは手を振り続けてくれます。

便利な世の中になったものです。

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ちょっと前までは

自分で猫の手を動かしたり、

それ以前は

固定で動きませんでした。

 

だからどうだというものでもありませんが、

こんなところにもハイテクの波が —–、

という感慨はあります。

 

ふと張子の虎を思いました。

ずいぶん前ですが、

旅先の金沢で買い、

おチュウの部屋に飾っています。

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張子の虎は、

ずっと昔からあの形式で、

触れば首を振り、

放っておけば程なく止まり、

以降不動の状態です。

ソーラー式は出現していません。

 

うーん、

ソーラー式は似合わないかもね。

頭は時々動かすからいいんだ。たぶん

手の振りは、

呼び込む意味はあるけれど、

首振りに、

深い意味はない。

伝統工芸だしね

 

てなことを考えてるおチュウでした。


スイスイの思い出

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大川の遊歩道

右手の川を見ながら散策していました。

すると、

左手前方の草叢にピンク色が —-、

注視すると、

スイスイの花が咲き誇っているではないですか。

なかなか大きな花です。

葉っぱも大きく、

良く肥えた土壌なのでしょう。

その見事さに思わず近づいていました。

 

通常は庭などにひっそりと生えています。

雑草としては一流で、

葉はすぐに茎から抜けてしまい、

残った地中の球根からほどなく生えてきます。

子供の頃、草むしりで苦労したのを思い出すなあ。

芝の間に生えているスイスイを、

球根まできれいに取るのは至難の業でした。

 

ところで、葉を使ってよく遊んだものです。

三つ葉の根元から茎の部分をはがすと、

葉っぱに芯がついた状態で残ります。

芯の先端を持ち葉っぱを垂らした状態で、

各々のスイスイを絡み合わせて引っ張り合い、

ちぎれた方が負け。

単純明快な遊びをよくしたものでした。

 

このスイスイで勝負したら、

多分優勝だろうなあ。

気がつけば、

おチュウはそんなことを考えていました。

正式名はイモカタバミです。



ヒメアカタテハの舞

 

外は秋晴れです。

吹く風の心地良さに誘われて、

淀川ワンド周辺を歩いてみました。

すると、

ヒメアカタテハが日差しを受け、

翅を休めています。

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(ヒメアカタテハ)

アカタテハに比べ、

体は一回り小さく、

荒々しさには欠けますが、

逆にその可憐な羽ばたきは

周囲の景色に溶け込んで、

とても優しい気分にしてくれます。

 

夏場山間部で、

原色度の高く力強い翅を羽ばたかせ、

樹液を求めてハチや甲虫類に果敢に立ち向かうアカタテハの姿が、

おチュウは好きです。

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(アカタテハ)

でも、

小ぶりなヒメアカタテハが、

薄めのオレンジ中心に黒と白からなる

タテハ独特のしっかりした翅で、

川べりの穏やかな環境を飛び回る姿に、

ちょっとした気品を感じました。

 


旦過市場の賑わい

小倉の町をぶらぶらしました。

すると、

旦過市場という文字が目に飛び込んできて、

ふらっと中へ ——。

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かつて、

このような市場がどんな町にもありました。

故郷海南の町にも ——。

間口は狭く、

奥行きがあり、

入り組んでいたりして、

多くの店舗の並んだ、

そしてどちらかというと辺りは薄暗く、

裸電球の灯りの数が店の数、

とにかくごちゃごちゃしていて、

日常生活に必要なものは大体手に入る、

そのような場所でした。

昭和三十年代の頃だったのかもしれません。

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その後時代の経過と共に

スーパーマーケットが出現し、

更にコンビニや大規模スーパーの時代に入り、

いつしか市場は姿を消して行きました。

 

なかなか市場が賑わいを保ちながら、

スーパーやコンビニなどと共存する町は少なくなりました。が、

庶民の息吹を感じさせてくれる

このような場所に遭遇すると、

旅で訪れたおチュウにとって、

町の魅力が倍増し、

強く印象に残るものとなります。

この町にしかない歴史を感じさせてくれます。

 

それは無意識のうちに、

子供の頃の記憶と重ね合わせているのかも知れません。

 

この市場と偶然出会えたことで、

小倉の町を身近に感じることができ、

大変意味深い旅となりました。