ご飯を残すことの罪悪感

人間をなん十年やっても
若い頃の生活は体に染みついているものでしょう。
おチュウとて例外ではありません。

ご飯を残すことの罪悪感も
その一例かもしれません。
そして、それは小学校の給食に根源があるのかもしれません。

完食しなければ終わりにならず、
先生が横にいて
ズルして捨ててしまわないか見張っていたものです。

食べ物の大事さを伝えようとする意図はわかりますが、
のちにこの飽食の時代がやって来て、
弊害となっているのではないかとおチュウは思っています。

そうです。
残すことに勇気を持たなければ、
高カロリー食の多い昨今のことです。
たちどころに、成人病になるリスクは高まってしまうのです。

さりとて、
体に染みついたものは如何ともし難く、
目の前の食卓に並んだ料理を目の当たりにすると
わき目も振らずに食べてしまうおチュウがそこに居ます。

食事をして命を縮めてはしないか?
これじゃあだめだ!

2 Replies to “ご飯を残すことの罪悪感”

  1. おチュウさん
    まったく同じです。腹八分目という言葉は知っていても、ご飯は残せません。「少なく盛って」と言うのですが、「多かったら残してヨ」と言うばかり。私は学校給食ではなく、自分がお金を払って頼んだ食べ物を、残すなんて勿体無い、と考えてます。学生時代、家からの仕送り、奨学金、バイト代etc。外食をせざるを得ず、下宿近くの食堂で身銭を切って注文したものを残せません。出てきた定食は全部食べるので、好き嫌いも無くなりました。その習慣が45年経っても変わりません。今は甘やかされいるのか、すぐ残す子が多いですネ。お金も資源も勿体ない。

    1. コメントありがとうございました。食卓に大皿に盛った料理が残った場合、ついついもったいないと家族が食事を終わった後も無理して食べようとしている自分がいます。これもいい加減になんとかしないと、自分で成人病の手助けをしていることになりますね。

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